漫画を読んだ感想とか

よつばと!
あずまきよひこ/電撃コミックス(アスキー・メディアワークス)

ジャンル コミック/日常系・ほのぼの

 4つに縛られた緑の髪、天真爛漫でありながら、傍若無人なふるまい。好奇心旺盛で、どんなことにも、ものおじしない女の子「よつば」と、いろいろなこととの出会いを描いた作品です。
 よつばは少々複雑な家庭事情にあるらしいのですが、それには深く触れられないまま、素敵な日々は過ぎていきます。何気ない日常ではありますが、子どもの視点に立ち戻ったようで、世界が輝いて見えるのです。
 よつばはとーちゃんと、とある町に引っ越してきます。とーちゃんとは血がつながっていないようですが、本当の親子よりも強い信頼関係が築かれているようでもあります。引越した家の隣には美人三姉妹とその両親が住んでいて、よつばはお隣に毎日のように遊びに行くのです。引越して来た日が夏休み最初の日だったということも、毎日遊びに行くことができた要因の一つでしょう。三姉妹は長女のあさぎが大学生、次女の風香が高校生、末の恵那が小学生で、よつばは年の近い恵那とよく遊んでいます。その街にはとーちゃんの大学時代の友人のジャンボや後輩のやんだ、恵那の友人のみうらもいますし、まるで本当にそんな町があり、そんな人たちがいるような錯覚に陥りそうになります。そういった人々、町の日常がこの漫画では描かれています。

 毎日のように遊びに行くといっても、いつもお隣さんがいるとは限りません。お盆に帰省してしまったお隣さんの家のインターホンを押しても、玄関の扉をどんどんと叩いても反応はありません。その時の、自分が独りぼっちになったかのような切なげな表情はいつか経験した疎外感を思い出させます。そのうち、風香がおばあちゃんの家に出かけると言っていたことを思い出して、「なーんだ」と納得して駅の方へ歩き出します。その時の何となく釈然としない感じ、がっかりした感じは、子どものころに感じる、自分が世界の中心ではないと知るささやかなきっかけが表現されているようでもあります。
 そして、印象的だったのは、よつばがとーちゃんの言いつけを守らず、一人で自転車に乗って遠出をしたことで、とーちゃんがよつばにゲンコツをするシーンです。遠出したきっかけは、その前日においしい牛乳を風香にも飲ませてあげるという約束でした。朝早くに隣に行こうとしていたところ、風香が高校に登校するところに遭遇します。よつばはいつもの冒険の延長だったのでしょう。風香に牛乳を届けなくてはという、使命感もあったかもしれません。そして危ない目にあいながら風香の通う高校までたどり着くのです。しかし結果として、体のあちこちをけがしてしまって、とーちゃんも心配したのだと思います。その結果のゲンコツでしょう。体罰を嫌う世間の風潮を考えると、反対する意見が多いのでしょうか。しかし、どのくらいいけないことなのかを子どもに伝えるためには、時に必要になるのではないでしょうか。もちろん、けがをさせるほどの強い体罰は論外ですが。
 とーちゃんはゲンコツをするだけでなく、約束の内容を確認し、なぜ怒られているのかわかるように配慮しています。加えて、よつばの言い分も聞いていたことも重要であるように思います。よつばが泣きながら自転車をこぐ姿は、自分が正しいと思ったことが許されなかった悔しさがにじみ出ているようにも見えました。
 ところで、このシーン、高校の校門でやりとりがされていて、見送りに出ていた風香が立ち会っていたのですが、他人の家のしつけに立ち会ってオロオロしていたので何となく同情してしまいました。
 それと毎回コミックについてくる帯にある一言が、妙につぼに入ってしまって。といっても笑いのつぼではありませんよ。郷愁とでも言うのでしょうか。これは書店などで見つけてみてください。

 なんか真面目に話しすぎでしょうか。基本的にはコメディなので、楽しい内容です。それと、夏の楽しみがけっこう豊富にあるので、夏を直前に控えた今こそ読んでみて、この夏のプランを立てるのも良いと思います。私は読んでいて、魚釣りとか、天体観測とか、蝉取りとか、子どものころにした懐かしい遊びをしたいと思ったのですが、うーん、今年は無理かなあ。

2010/06/16 きくらげ

シグルイ
(原作)南條範夫 (作)山口貴由/秋田書店

ジャンル コミック/時代劇

 当時インターネットで何かと話題に上っていたので手にとって見た。左腕を喪失した血塗れのフンドシ男が刀を抜いている第一巻表紙、まさにこの漫画のコンセプトを声高に主張している。
 まぁ、あらすじをざっと紹介しよう。

 時は江戸時代初期。寛永六年。だいたい現在の静岡に当たる駿府城で御前試合が行われようとしていた。御前試合とは殿様の前で行う試合で、剣の達人が試合することで技を競い合ったり殿様に披露したりする。
 しかし今回の試合は普通ではない点が二つある。
 一つは通常試合には木刀を用いて、なおかつ相手に怪我をさせないよう寸止めするところを、真剣を用いてどちらか一方が死ぬまで行うこと。
 もう一つは出場する剣士がそろいもそろって凄まじい人間だということだ。
 十一試合二十二名が出場するこの試合だが、物語は今のところ原作第一巻の第一試合をベースとしている。
 主人公、藤木源之助は岩本虎眼の道場で師範代をしており、皆から虎眼の跡取りだと目されていたが、そこに道場破りが入ってくる。美しい美貌の男の名は伊良子清玄と言った。 他流試合を申し込まれ、藤木は伊良子にやぶれてしまう。だが伊良子も師範、牛股権左衛門に破れ虎眼流に入門することとなる。
 それから一年、二人合わせて虎眼流の双竜とまで呼ばれるまでに鳴った藤木と伊良子だが、結局岩本虎眼は伊良子を跡取りに選び、三重と結婚させることを決めた。
 ところが伊良子は虎眼の愛妾、いくと密通しており、虎眼は激怒して伊良子の両目を潰して破門してしまった。凄まじい仕打ちを恨む伊良子は、盲目でありながら修行を重ねて数年後、虎眼を殺して復讐を果たす。あだ討ちに望む藤木と権左衛門だったが、権左衛門は死亡、藤木は左腕を失ってしまう。
 伊良子は天才だ、私では勝てない。
 万全の状態で挑みながら、盲目の伊良子に敗北した上に左腕を喪失してしまった。五体満足で勝てないのに、左腕を失った状態で勝てるわけがない。
 三重と二人で切腹を決意する藤木だが、駿河城の命令で御前試合において伊良子と決着をつけるよう命令されてしまう。苦しみに悶えながら、藤木は伊良子の必殺技『無明逆流れ』を攻略法を模索し、生きる希望を取り戻していく。
 そして御前試合が始まる……。

 こんな感じのあらすじであり、原作もほぼこの通りに進むが原作に無い点も少々ある。いや、多々ある。否、全く別物だ。
 原作では虎眼は普通の人間だ。いや、少々過激な人間かもしれないけど、普通の人間だ。シグルイの登場人物に比べれば。
 シグルイ版は違う。シグルイの虎眼はボケ老人だ。でも単なるボケ老人ではなく、すごく強くて強暴だ。でも正気に返っても平気で人の口に刀を突っ込む人なのでやっぱり関わりたくない。道場で死人が出たら、みんな真っ先に虎眼を疑っていた。
 次に虎眼流の人たちはみんな強い。どれぐらい強いかって、木刀で人間の指を叩ききったり、鼻を削いだり、耳を削いだり、眼をえぐったり。
 素手でも強い。真剣を持った相手数人を藤木は素手で再起不能にしている(脳挫傷、顎部骨折、内臓破裂、etc……)。
 あとは設定だな。設定が原作よりも細密になっている。当時の風景、風俗、制度などが活き活きと描かれている。同時に暴れん坊将軍や水戸黄門が描かない(描けない)ような江戸時代のダークサイドも丹念に描写されて、そのリアリティが先のトンデモ描写に説得力を持たせている。頑張れば指の一本や二本、木刀で切断できそうな気がしてくるだろう。 でも原作改変以上に、なんというか、絵がもう独特だ。絵柄の問題じゃない、まるで自然なことであるかの如く登場人物の裸が多く見られる。比率で言えば、男の裸が多い。キャラクターがピンチに陥ったり、感情が高ぶったり、必殺技を閃いたり、特に何の脈絡もなかったりすると裸になるイメージ映像が描かれるのだ(実際には脱いでいないが)!
 あと内臓描写も多々ある。斬ったり斬られたりして露出する他、先のイメージのように生きている人間でも肌が透けて内臓が露出する。どんだけ内臓が好きなんだ。でも慣れると平気。主人公が歩けば腸が出る。自然な現象だ。
 そんなこんなシグルイだが、巻が進むと時代考証、画力、演出、語り口が順当に進化していって、八巻あたりになると最早芸術の域にまで昇華していってる。最初はただ気持ち悪い描写、絵柄が人はだんだんと写実的になり、内臓は内臓で、江戸の世界はリアルになる。
 藤木と伊良子の仇討ち場での戦いは、凄惨で美しい。残酷で、躍動感がある。
 十四巻の、剣を抜く藤木の表紙は美術的である。生きることの大切さ、ただ死に向かって走ることの空しさ、生命の美しさが伝わってくるかのようだ。ここまで来ると一巻とは別物である。凄惨で、残酷で、グロテスクだが、光は闇の中でこそ輝く。ジャンルも内容も万人向けで無いだけに私は悔しい。

2010/03/27 ペーパードライバー

黒博物館 スプリンガルド
藤田和日郎/講談社

ジャンル コミック/アクション・ミステリー

 「うしおととら」や、「からくりサーカス」で有名な藤田和日郎先生の作品、黒博物館 スプリンガルドの紹介です。うしとらはまだ途中まで、からくりサーカスは友人に借りたりして全部読んだのですが、今回はちょっと毛色の違う、1巻完結の中編作品です。かっこいい青年や、少年の成長、魅力ある悪役を描くことがうまい方なのですが、今回は特に、かっこいい青年がメインになります。少年の成長も異聞として、描かれていますが、やはりかっこいいのはウォルター侯爵ですよ。面白ければ何でもいいという、某出版社の編集長のような人なのですが、ミステリーらしいところも多分に含んでいますから、登場人物にはあまり言及しない方がいいですね。ちなみに、黒博物館(ブラックミュージアム)はロンドンに実在しており(一般の閲覧は不可)、ばね足ジャックも実際に伝わっている都市伝説がモチーフになっている、という作品です。作品の合間に、事件の概要や、舞台の解説などがあるので、そちらも興味深いです。この都市伝説自体はマイナーですので、時代背景などをつかむことで、この作品をより楽しむことができました。

 黒博物館にばね足ジャック事件を担当したという、ロッケンフィールド警部を名乗る男がやってきます。学芸員にばね足ジャックの事件について話して聞かせるのですが、それにそって話はすすむのです。その二人の目の前には、3年前のロンドンに出没したばね足ジャックが、殺人鬼として再び出没した時の証拠品が目の前に展示されています。そして、そのばね足ジャックが誰なのか、どちらの事件でも被害者となる、メイドのマーガレットはどうなるのか、などなどドラマチックに展開して行きます。私は、あっという間に一冊を読み終わってしまいました。
 スプリンガルドの後には、異聞としてマザー・グースを引用した作品があります。こちらはスプリンガルドの主要人物の血縁の子どもたちが主人公となっていて、こちらはどちらかといえば、からくりサーカスに似た作品だと思います。

 非常によくまとまっていて、面白い作品だと思います。私はこのくらいの”昼の休みに楽しめる中編作品”が結構好きで、あまり多くはありませんが、1巻完結の作品にはちょいちょい手を出しています。「孤独のグルメ」とかも大好きです。
 装丁も、古びた本を模していて、雰囲気が良く、このコミックが自室の本棚に並んでいるだけで、最初はにやけていたものです。中身にあった、ゴシックな印象が伝わってくるデザインです。絵が大きく描かれているわけではないですし、絵柄が大きな要素を締める漫画の表紙としては、かなりの冒険ともいえるかもしれませんけれど、本当にいい仕事しています、葛西恵先生。(※スプリンガルドのロゴデザインと装丁を手がけた人。なれなれしくてすいません)
 そして、熱血漢の刑事や、高飛車なようでいてはにかみ屋の貴族、笑顔が素敵で、穏やかな性格をしたメイドなど、魅力的な登場人物が多いのもこの作品を好きになった理由の一つだと言えるでしょう。おっと、冷静沈着に見えて好奇心旺盛な学芸員さんを忘れてはいけませんね。そんな登場人物のやり取りは人情味・人間味にあふれていて、犯人にすら、共感……出来るとまでは言いませんが、同情してしまったりもするのです。

2010/03/22 きくらげ

俺と悪魔のブルーズ
平本アキラ/講談社

ジャンル コミック/サスペンス・ヒューマンドラマ

 白状すると私は、ブルーズマン、というか音楽自体詳しくなく、その当然の成り行きで、この作品のモチーフとなったロバート・ジョンソンも知りませんでした。しかも、Wikipediaによると、今は連載が休止中だそうで、(事実上の打ち切り?)残念ですが。私はアフタヌーンを読まないので、連載休止を最近になって知りました。

 この作品は、「アゴなしゲンとオレ物語」でも有名な平本アキラ先生の作品ですが、ギャグ漫画ではありません。ロバート・ジョンソンという実在のブルーズマンをモチーフにした、"フィクション"作品です。元ネタであるロバート・ジョンソンの十字路での伝説は有名らしいですね。この作品でも、その伝説に沿って、十字路で悪魔に魂を売り渡し、驚くべきギターテクニックを手に入れるのです。
 その結果、かどうかはわかりませんが妻子と死別する事になり、主人公の「RJ」は、彼が悪魔と呼ぶ男、「アイク」と旅に出ます。舞台は黒人差別が酷い時代、RJは途中、アイクとはぐれたうえに、生き死にのかかった危機にみまわれるのですが、ギターテクを手に入れた代償にしてはひどすぎます。アイクとはぐれた後は、白人のクライドと旅を共にすることになり、話の大半は、クライドと一緒にいることになりますね、作品が休止になった今となっては。打ちきりなんて認めない。

 とは言ったものの、私は今3巻までしか持っていないんです。4巻まで出ているはずなのですが、近所の本屋にないし、お金もないしで、……すいません。
 絵は写実的で、それでいて、漫画的表現にあふれているので、非常に興味深い絵柄です。平本アキラ先生ならではというか。RJの右手が実際に10本になるなど、フィクションならではの脚色もグロテスクになされています。また、人間の醜さや、命の重さなど、訴えかけるようなシーンが多いのも特徴です。ほんの数コマですが、リンチされ殺された黒人の写真やイメージが写されることもあるのですが、人間の残虐性をよくあらわしていると思います。他にも、一際白と黒のコントラストが利いたコマがあって、クライドの怒りの表情だったのですが、それには戦慄を覚えました。
 ある昼のシーンで日差しが強いのか、外がほとんど真っ白と言って差し支えないところがあります。それがまたいい雰囲気を醸しているんです。ものすごくいい天気なのだけれど、だからこそ何となく気だるい、そんな日を過ごしたことはありませんか。私はあの頭が真っ白になっていくような雰囲気が好きで、その感じをこの作品から受けたのですが、私だけでしょうか。
 なんだか私だけのような気がします。

 ブルーズの歴史的背景などに精通していれば、もう少し実のある話ができたのでしょうが、私にできる紹介はここまでです。もちろん皆さんが読むときは気追う必要はありません。エンターテイメントとして、とても面白いものになっていますから。
 連載が再開する事を切に願って。

2010/03/14 きくらげ

素晴らしい世界

What a wonderful world!

浅野いにお/小学館

ジャンル コミック/短編・オムニバス

 この作品はオムニバス形式なので、要約は難しいのですが、一言で言うと、一つの町に住む人々の独り言集、ですかねえ。リアリティがある作品というか、理不尽で、けだるくて、怠慢で、何処となく人情もある、そんな町が住人のそれぞれの視点から語られるのです。原因不明の病が蔓延したり、死神が出てきたりと、ちょっとずつファンタジーのような描写もあり、どこにでもありそうで、どこにもないような(あれ? どこかでこんな表現ありましたっけ? )世界観が形成されています。

 町の人々は、何らかの悩みを抱えていて、葛藤をしながら、何とか生きて行っています。まあ、作中では死んでしまった人もいますけど。それと町の住人といっても、ほとんどは若者で、たまに出てくる中年も、遅めのモラトリアムを迎えているような人が多いですね。そして、各話の最後には自分なりの決着をつけて、明日も生きていこう、となるわけです。
 一言に若者といっても、大学を中退した人や、受験間近の中学生や、何浪もしている予備校生、就活がうまくいかないフリーターなどなど、年齢も境遇も様々です。どこかみんなぼんやりとしていて、自分の生き方が正しいのか不安で仕方ない、でもこのまま生きていくしかないというような、あきらめにも似たような考えさえ浮かんでくる。でも、何かに熱くなりたいというような願望があるのか、突発的に勢いづいてみるも、やっぱりうまくは行かない。そんな、どうしようもない現実をどう受け止めればいいのか、それぞれの考えを示していくのです。

 浅野いにお先生の作品の特筆すべきところは、徹底されていると言ってもいいくらいのリアリティでしょう。顔の造型も、現実にもいそうな人も多く出てきますし、性交渉の描写も、全く興奮をそそらないとはいえ、少なくはありません。(それに加えて、20代の女性が放屁するシーンがある漫画を私は他に知りません。)そういえば、新社会人になったものの、すぐに退社してしまった男性が、全裸でマンションのベランダにある手すりで仁王立ちしているシーンがあったのですが、あれは何ともシュールでした。ネクタイで局部が隠れているという、べたといえばべたなポーズなのですが、何故か斬新に感じました。裸一貫というのは、ああいうのを言うのかな、と思わせるシーンでもありました。

 理不尽なことや、納得のいかないことも多い、醜い世界ではあるけれど、それでも、どこか素晴らしい世界だと思わせる、不思議な魅力のある作品です。

2010/02/07 きくらげ

アバラ
弐瓶 勉/集英社

ジャンル コミック/ハードSF

極めて衝撃的な作品である。

とてつもなく巨大な塊『恒差廟』の存在する世界(おそらく地球ではない)で、突如腕の震えの止まらない男が病院に駆け込んでくる。男は看護婦に腕を晒した直後、怪物に変貌を遂げて人間を虐殺しながら暴れまわる。

同時刻、養殖場(何を養殖してるかは知らないが)に勤務する男、駆動電次の下にタドホミという女が現れてこう告げた。

「一般人の中から示現体が出たの 白奇居子よ」

一度は関係ないと突き放す駆動だったが、止められるのが自分だけと知ってやむなく黒奇居子に変身。多くの犠牲を出しながら白奇居子をなんとか倒したものの、それは破滅の序章に過ぎなかった。

弐瓶勉の新連載と聞いて私は慌ててウルトラジャンプにかじりついた。これを逃せば弐瓶勉は次に漫画を書くまでどれくらいインターバルを空けるか分からない。2009年の今では精力的に活動している弐瓶氏だが、当時はバイオメガの連載中断から一年以上のブランクが経っており、その出現率は冬目景を下回っていた。ところでその冬目景も(以前よりは)漫画を書いているような気がする。ハツカネズミの時間もとっとと終わらせたし(これは著者の初連載作『羊のうた』以来の快挙である)、『イエスタディをうたって』の五巻と六巻+画集のあいつぐ発売は私を驚愕させた。これは普通の月間の漫画家に換算して約二ヶ月の速さで新刊を出したようなものだ。『鋼の錬金術師』の荒川弘を超えるスピードである。冬目景に何が起こったのであろうか?

話が逸れた。想像を絶するスピードといえば、この物語に出てくる白、黒の奇居子にもそれが備わっている。彼らは相対的に彼ら以外の物体の時間が停止しているように見えるほど高速で行動することが出来る。建物を砕けばその破片が宙に浮いて見えるし、雨粒も止まって見える。

この演出は極めて面白くて、カッコよくて、楽しい。本作品の終了間際に仮面ライダーカブトの放映が始まったが、あれはきっとアバラをパクっている。そうに違いない。

アクションシーンばかりではない。刑事である先島が徐々に白奇居子と、その活動を監視する謎の特務機関『検眼寮』の秘密を解き明かしていくミステリー要素も読者を惹きつける。

最終話で読者を突き放してしまった印象があるが、上巻、下巻の構成は短いだけあって非常によくまとまっており個人的にはBLAME!よりも好きだ。

2009/12/13 ペーパードライバー

BLAME! -ブラム!‐

Adventure-seeker Killy in the Cyber Dungeon quest!

弐瓶 勉/講談社

ジャンル コミック/ハードSF

 私たちの発想の原点といっても過言ではない弐瓶勉先生の作品、BLAME!です。と言っても、一部では有名な作品なので、知っている方も多いことでしょう。
 BLAME!の複雑な世界観に関する私の解釈を全て、一切合財取っ払って、表面上のごく基本的な設定を述べるとすれば、霧亥という青年が超高層建造物群の中からネット端末遺伝子を持つ人間を探索していく物語だと言えます。と言っても、超高層建造物群とは、ネット端末遺伝子とは何ぞや、という話ですけどね。というわけで、説明しましょうとも!

 超高層建造物群は、書いて字のごとくのそのままです。
 なんて、驚くべきは「たくさんの建物」の説明すら難しいBLAME!と、私の表現力の無さですな。まあさておき、作品の中で最も重要なのは背景にある建物であると言っても過言ではありません。何せ、太陽系を包むほどの巨大な建造物群が舞台で、背景は全部、人工的な建造物なのですから。むしろ、霧亥よりも建造物が主役です。背景を侮るなかれ。後はもう、実際にマンガを手にとって、二瓶勉ワールドを堪能あれとしか言いようがありません。

 では次に、ネット端末遺伝子に関して、わかる範囲で説明しましょう。
 ネット端末遺伝子とは、いかなるインターフェイスも用いず、ネットに接続することができる、ユビキタスコンピューティングの究極型とも言うべき、夢の遺伝子です。超高度化したネット社会において、国境などを越えて市民を保護するために開発されたモノ、みたいですが、とにかくBLAME!ではネット端末遺伝子が全く見つからず、その遺伝子を持たない人々はあらゆる勢力によって次々と殲滅されていきます。

 かなりセリフの少ない作品なので、読むのは大変ではないと思うのですが、かえってセリフが少ないことで分かりにくく感じる事もあるかもしれません。実際に私も何度も読み返してますが、内容がわかってるのか否か自信はありません。しかし、どんな世界なのか、その世界がどうして生まれたのか、好奇心を震え上がらせてくれる底知れない魅力がある作品です。もしかすると、探索しているのは霧亥ではなく、読者自身なのかもしれません。
 ちなみにブラム学園!アンドソーオン(弐瓶勉・講談社)という短編集も出ているのですが、この作品には違う意味でも衝撃を受けました。非常に面白かったのですが、あえてこれ以上のコメントは控えておきましょう。

2009/06/28 きくらげ

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